大好きな橘玲さんの著作。なかなか大きなお題の本(ちょっと古いですが)になります。
気になった部分をメモ代わりに。
最近の著者の特徴が生物学的な考察が入るということ。
まずアメリカ人は「自分を目立たせる」、一方日本人は「他人と同じ行動をとる」。一般的にも言われていることです。これは共に、社会的のそうした方が生き残れるからにすぎない。つまり生き物としての生存戦略の結果である。
では日本社会とはどんな社会なのか。
著者は、日本人は「個人主義的な生き方」をしている、としている。これは意外だった。しかしこの「個人主義的な生き方」というのは、世俗的=損得勘定によって個人の思考が形成されているということが書かれている。本書の例では、敗戦後、天皇陛下はただの人といってもやり過ごすし、マッカーサーにファンレターが届いていたことが挙げられている。つまり連合国軍に統治してもらった方が(大日本帝国より)メリットがあると感じたので、素直に従っただけだということ。
日本社会の一つの特徴が、血縁よりも「イエ」という概念。養子制度は儒教国には理解しがたいが、日本では昔から当たり前だった。そして現在、より小さい単位である「個」へと進んでいる。
しかし生物学的にも人間は「共同体」に属することで安心を得ることができる。
その共同体意識は、「会社」所属というものを熟成していく。護送船団方式もあり、日本独自の組織体系が出来上がる。
しかしグローバル化にさらされ、この方式が通用しなくなる。
著者は、その打開策として
・定年制の廃止
・同一労働同一賃金の徹底
・解雇規則の緩和
を挙げている。これらを実施すれば失業者続出。本来ならば90年代にやるべきだったが、先延ばしにしたためにより、酷い状態となっている。失業者対策としてはすぐに再雇用ができる労働市場がないとこれらの改革は進まない。
というように、にっちもさっちも行かなくなっているのが今の日本。
そこで著者が提唱するのは、社会が変わらなくても伽藍を抜け出してバザール(開放的な場所)を個人として目指すこと。
すべてのローカルな共同体を破壊し、国家のフレームワークのみ残し、入退出自由な無数のグローバルな共同体をつくる、というもの。
ポイントは退出自由というところでしょうか。人は共同体に属していないと精神的に不安定になるというのは先に書きましたが、その欠点を入退出自由な共同体で補おうというものです。
著者は述べます。日本は「他者」がいないから変われない。一人でも多くの日本人がバザールへ移り、他者になることが日本を変えるということの希望の道筋となる。
悲観で終わらず、かすかな希望で締めくくられる本書は読みごたえ十分でした。終戦記念日にもおすすめな1冊です。