★★★☆
エモい。
1995年、ボクは彼女と出会い、生まれて初めて頑張りたいと思った。“普通”が嫌いな彼女に認められたくて、映像業界の末端でがむしゃらに働いた日々。1999年、ノストラダムスの大予言に反して地球は滅亡せず、唯一の心の支えだった彼女はさよならも言わずに去っていった―。
そして2020年。社会と折り合いをつけながら生きてきた46歳のボクは、いくつかのほろ苦い再会をきっかけに、二度と戻らない“あの頃”を思い出す……。
人生に多大な影響を与えるほどの愛した人。誰にでも何人かいるのではないでしょうか。
本作で最初(映画では最後)に出会ったのがそんな女性だった。小沢健二が王子様で、WAVEの袋をもち、映画はスワロウテイルとウォンカーウァイ。インド雑貨屋で働き、スカートは自作。普通じゃないを字で行く彼女。そんな彼女に惹かれ、認められたい。
そう好きな人に認められたい。そんな感情ありましたね。
そんな彼女と1999年の大みそかを過ごし「今度CDを返すからね」という言葉とともに彼女は消える。
その後、時はすすみ、仕事は徐々に形になり、何人かの女性と付き合って別れる。
人はだれでも人生を変えるような出会いがあり、憧れ、承認されたい。主人公にとっては、1999年の彼女に認められかったということになります。
この彼女が、主人公に残したものは「普通じゃない」ことに価値があるということ。自分探し年代にとっては、そういうもんですよね。
主人公にとってはこの「普通じゃない」がアンカーとなる。この後、付き合う彼女との会話にも「普通」「普通じゃない」が出てきます。
そして「普通じゃない」人も「普通」になっていく。アンカーだった彼女についても「普通じゃん」と思えるようになる。トラウマの克服こそ、大人になるということは僕の持論ですが、まさしくそれが行われる映画でした。
サブカルコンテンツがアイコン的に登場し、過去を振り返るエモい作品としては、今年『花束みたいな恋をした』という快作がありました。『花束みたいな恋をした』が陽のエモサブカル作品とすると、本作は陰のエモサブカル作品。
両対をなす本作も必見の作品だったと思います。